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グラフェンのディラックコーン

ジェットコースターが高いところから滑り落ちるとき、位置エネルギーが運動エネルギーへと変換されて速度が増していく。エネルギーが大きいほど速くなる——この感覚は、ボールを投げるときにも自転車をこぐときにも馴染み深いものである。

ところが、グラフェンのK点近傍では、エネルギーの異なる電子がほぼ一定の速さで移動する。日常的な力学の直感とは一線を画すこの現象は、いったいなぜ起こるのだろうか。その本質を解き明かすには、電子を「波」として捉える必要がある。前節で導出したバンド構造をもとに、電子の波がどのように伝播するのかを紐解いていこう。

01

接点近傍の電子を見る

電荷的に中性なグラフェンでは、絶対零度($T=0$)において下側のバンド(価電子帯)が電子で完全に満たされ、上側のバンド(伝導帯)は空になっている。両者の境界であるフェルミエネルギー(フェルミ準位)は、K点およびK′点における上下バンドの接点に位置する。したがって、わずかなエネルギーを得て空き状態へ遷移できるのは、この接点近傍に存在する電子である。

最近接の3つの炭素原子との結びつき($p_z$ 軌道間のホッピング)のみを考慮したタイトバインディング近似(強結合近似)において、2本のバンドのエネルギー分散は次のように表された。

$$E_\pm(\mathbf k)=\pm t|f(\mathbf k)|\tag{1}$$

ここで $t>0$ は隣接軌道間のホッピングの大きさ、$f(\mathbf k)$ は3方向への位相因子の和である。

K点ではこれら3つの位相因子が互いに打ち消し合い、$f(\mathbf K)=0$ となるため、上下バンドのエネルギーはともに0($E_\pm(\mathbf K)=0$)となる。K点近傍を拡大して見ると、接点から伸びるエネルギー分散は波数の変化に対して直線に近づいていくことがわかる。

×3.0
六角形の中の色線が断面を切る向きを示す。下の図は、全体図の枠内を縦横とも同じ倍率で拡大したもの。横軸 $ak_x$ の $a$ は炭素間の結合長。
02

K点からのずれによる状態の記述

§01で見たのは、$\Gamma \to \text{K}$ 方向に切ったバンドの断面であった。今度は視野を広げ、波数空間の平面内でK点から任意の方向へ変位する場合を考えよう。K点からの変位(ずれ)を $\mathbf q = (q_x, q_y)$ と書くと、$\Gamma$ 点から測った全波数 $\mathbf k$ は次のように表される。

$$\mathbf k=\mathbf K+\mathbf q,\qquad \mathbf q=(q_x,q_y)\tag{2}$$

ここで、$\Gamma$ 点から注目するK点へ向かう方向を $+q_x$ 軸、そこから波数平面内で反時計回りに90°回転させた方向を $+q_y$ 軸と定義する。$q_x, q_y$ はK点からの変位をこれら2軸方向に分解した成分である。§01の断面は $q_y=0$ の直線上に相当し、$\mathbf q=0$ がまさに上下バンドの接点(K点)そのものを表している。

03

位相因子の打ち消しの崩れと一次近似

K点からわずかに動くと、3方向からの位相因子の完全な打ち消し合いが崩れる。この位相因子の残存成分がエネルギー分散を決めるため、まずはその和 $f(\mathbf k)$ を計算してみよう。Aサイトから隣接する3つのBサイトへ向かう結合ベクトルを $\boldsymbol\delta_1, \boldsymbol\delta_2, \boldsymbol\delta_3$ とすると、位相因子の和は次のように定義される。

$$f(\mathbf k)=e^{i\mathbf k\cdot\boldsymbol\delta_1}+e^{i\mathbf k\cdot\boldsymbol\delta_2}+e^{i\mathbf k\cdot\boldsymbol\delta_3}\tag{3}$$

式(2)の $\mathbf k = \mathbf K + \mathbf q$ を代入し、各指数関数を「K点での位相」と「K点からの変化分」に分解する。

$$\begin{aligned}f(\mathbf K+\mathbf q) &=e^{i(\mathbf K+\mathbf q)\cdot\boldsymbol\delta_1}+e^{i(\mathbf K+\mathbf q)\cdot\boldsymbol\delta_2}+e^{i(\mathbf K+\mathbf q)\cdot\boldsymbol\delta_3}\\ &=e^{i\mathbf K\cdot\boldsymbol\delta_1}e^{i\mathbf q\cdot\boldsymbol\delta_1} +e^{i\mathbf K\cdot\boldsymbol\delta_2}e^{i\mathbf q\cdot\boldsymbol\delta_2} +e^{i\mathbf K\cdot\boldsymbol\delta_3}e^{i\mathbf q\cdot\boldsymbol\delta_3}. \end{aligned}$$

ここではK点のごく近傍のみを考えるため、変位 $\mathbf q$ は十分小さいとする。このとき位相の変化 $\mathbf q\cdot\boldsymbol\delta_j$ も小さくなるため、一次の項まで残す一次近似($e^{ix} \simeq 1 + ix$)を適用しよう。

$$e^{i\mathbf q\cdot\boldsymbol\delta_j}\simeq1+i\mathbf q\cdot\boldsymbol\delta_j$$

これを代入し、$\mathbf q$ を含まない項と含む項に分離する。

$$\begin{aligned} f(\mathbf K+\mathbf q) &\simeq\sum_{j=1}^3e^{i\mathbf K\cdot\boldsymbol\delta_j}(1+i\mathbf q\cdot\boldsymbol\delta_j)\\ &=\underbrace{\sum_{j=1}^3e^{i\mathbf K\cdot\boldsymbol\delta_j}}_{f(\mathbf K)=0} +i\sum_{j=1}^3 e^{i\mathbf K\cdot\boldsymbol\delta_j}(\mathbf q\cdot\boldsymbol\delta_j). \end{aligned}$$

第1項の和はK点における完全な相殺により0となる。したがって残るのは、変位 $\mathbf q$ による3つの寄与の変化量の和である。

$$f(\mathbf K+\mathbf q)\simeq i\sum_{j=1}^3e^{i\mathbf K\cdot\boldsymbol\delta_j}(\mathbf q\cdot\boldsymbol\delta_j)\tag{4}$$

成分の計算には、前節で設定した座標系(炭素間距離を $a$ とする)を用いよう。

$$\begin{aligned} \boldsymbol\delta_1&=a(0,1),\\ \boldsymbol\delta_2&=a(\sqrt3/2,-1/2),\\ \boldsymbol\delta_3&=a(-\sqrt3/2,-1/2),\\ \mathbf K&=(4\pi/(3\sqrt3a),0). \end{aligned}$$

まず、K点における3つの位相因子を求めると次のようになる。

$$\begin{aligned} \mathbf K\cdot\boldsymbol\delta_1&=0,\\ \mathbf K\cdot\boldsymbol\delta_2&=\frac{4\pi}{3\sqrt3a}\frac{\sqrt3a}{2}=\frac{2\pi}{3},\\ \mathbf K\cdot\boldsymbol\delta_3&=\frac{4\pi}{3\sqrt3a}\left(-\frac{\sqrt3a}{2}\right)=-\frac{2\pi}{3}. \end{aligned}$$
$$e^{i\mathbf K\cdot\boldsymbol\delta_1}=1,\qquad e^{i\mathbf K\cdot\boldsymbol\delta_2}=e^{i2\pi/3},\qquad e^{i\mathbf K\cdot\boldsymbol\delta_3}=e^{-i2\pi/3}$$

次に、変位 $\mathbf q$ による位相の変化を書き下す。

$$\begin{aligned} \mathbf q\cdot\boldsymbol\delta_1&=aq_y,\\ \mathbf q\cdot\boldsymbol\delta_2&=a(\sqrt3q_x/2-q_y/2),\\ \mathbf q\cdot\boldsymbol\delta_3&=a(-\sqrt3q_x/2-q_y/2). \end{aligned}$$

これらを式(4)へ代入すると、

$$\begin{aligned}f(\mathbf K+\mathbf q)\simeq i\Big[&aq;_y\\ &+e^{i2\pi/3}a(\sqrt3q_x/2-q_y/2)\\ &+e^{-i2\pi/3}a(-\sqrt3q_x/2-q_y/2)\Big].\end{aligned}$$

となる。ここで $q_x$ の項を集めよう。2つの指数の差は $e^{i2\pi/3}-e^{-i2\pi/3} = 2i\sin(2\pi/3) = i\sqrt{3}$ となるので、

$$\begin{aligned} i\frac{\sqrt3a}{2}(e^{i2\pi/3}-e^{-i2\pi/3})q_x &=i\frac{\sqrt3a}{2}\,2i\sin(2\pi/3)q_x\\ &=i\frac{\sqrt3a}{2}(i\sqrt3)q_x\\ &=-\frac{3a}{2}q_x. \end{aligned}$$

となる。同様に $q_y$ の項には3つの結合がすべて入る。今度は指数の和を $e^{i2\pi/3}+e^{-i2\pi/3} = 2\cos(2\pi/3) = -1$ にまとめると、

$$\begin{aligned} ia\left[1-\frac12e^{i2\pi/3}-\frac12e^{-i2\pi/3}\right]q_y &=ia[1-\cos(2\pi/3)]q_y\\ &=ia(1+1/2)q_y\\ &=i\frac{3a}{2}q_y. \end{aligned}$$

が得られる。$q_x$ の項と $q_y$ の項を合わせれば、

$$f(\mathbf K+\mathbf q)\simeq-\frac{3a}{2}q_x+i\frac{3a}{2}q_y=-\frac{3a}{2}(q_x-iq_y)\tag{5}$$

となる。$\Gamma \to \text{K}$ 方向に沿う成分 $q_x$ は実部に、それと直角の成分 $q_y$ は虚部に現れ、係数の大きさはどちらも $3a/2$ である。複素平面で直角に並ぶ二成分の長さを取ると、

$$\begin{aligned}|f|^2&\simeq\left(\frac{3a}{2}\right)^2(q_x^2+q_y^2),\\ |f|&\simeq\frac{3a}{2}\sqrt{q_x^2+q_y^2}=\frac{3a}{2}|\mathbf q|. \end{aligned}\tag{6}$$

が得られる。

この結果は極めて重要である。K点から同じ距離 $|\mathbf q|$ だけ離れれば、変位の向きによらず $|f|$ の大きさは一定になる。結晶格子の3方向への結合という異方的な構造から、一次近似においては方向によらない等方的な形が現れたのである。

04

二つの円錐の出現とサブ格子間の位相関係

式(6)を元のエネルギー分散の式(1)へ戻そう。

$$E_\pm(\mathbf K+\mathbf q)\simeq\pm\frac{3ta}{2}|\mathbf q|\tag{7}$$

まず、§01と同じ $q_y=0$ の断面を見よう。上側のエネルギーは $E_+ = (3ta/2)|q_x|$ となる。K点からこの断面に沿って離れると、どちらの向きへ進んでもK点からの距離に比例してエネルギーが高くなる。これが、K点を底(頂点)とするV字形の分散になる理由である。下側バンドは、そのV字を上下に反転させた形となる。

さらに、K点から同じ距離にある点は、どの向きであっても全く同じエネルギーを持つ。したがって、V字の断面をK点の周りに全方位回転させれば、上下に対称な二つの円錐(コーン)が形成される。これこそがディラックコーンである。以下では、K点近傍の電子状態をこの一次近似で扱っていく。

底面はK点からの変位 $\mathbf q$($q_x$: $\Gamma \to \text{K}$ 方向、$q_y$: 直角方向)、高さはエネルギーを表す。(ドラッグで3D回転可)

なお、$\Gamma$ 点を挟んで反対側にある K′ 点の近傍にも、全く同じ円錐ができる。波数を $\mathbf k$ から $-\mathbf k$ に反転すると、3つの位相因子はそれぞれ複素共役になるため $f(-\mathbf k) = f^*(\mathbf k)$ となる。虚部の符号は反転するものの、その絶対値 $|f|$ もエネルギーも変わらない。

$$\begin{aligned}f(-\mathbf k)&=\sum_{j=1}^3 e^{-i\mathbf k\cdot\boldsymbol\delta_j}=f^*(\mathbf k),\\ E_\pm(-\mathbf k)&=E_\pm(\mathbf k).\end{aligned}$$

再びK点に戻り、そこから波数をずらす向きによってA・B各サブ格子の波動関数(係数)の位相がどう変わるかを見よう。その関係は、タイトバインディング近似で得た次の2式に保持されている($u_A, u_B$ は各原子位置の位相因子を取り出した後の、A・Bの $p_z$ 軌道の展開係数である)。

$$\begin{aligned}Eu_A&=-tf(\mathbf k)u_B,\\Eu_B&=-tf^*(\mathbf k)u_A.\end{aligned}$$

ここに式(5)の近似式 $f(\mathbf K+\mathbf q) \simeq -\frac{3a}{2}(q_x-iq_y)$ を入れると、

$$\begin{aligned}Eu_A&=\frac{3ta}{2}(q_x-iq_y)u_B,\\Eu_B&=\frac{3ta}{2}(q_x+iq_y)u_A.\end{aligned}\tag{8}$$

が得られる。

上側のバンド($E>0$)で、まず$\Gamma \to \text{K}$ をK点の外側へ延長する向きに波数をずらそう。これが $+q_x$ 方向($q_x=q>0,\ q_y=0$)である。このときエネルギーは $E=(3ta/2)q$ となるので、式(8)の第1式は

$$\begin{aligned}\frac{3ta}{2}q\,u_A&=\frac{3ta}{2}q\,u_B,\\u_B&=u_A.\end{aligned}$$

となり、A・Bの係数は大きさも位相も完全にそろっている。

では、$|\mathbf q|=q$ の距離を保ったまま、ずらす向きを反時計回りに90°回したらどうなるだろうか。今度は $q_x=0,\ q_y=q>0$ となる。エネルギーは同じでも、右辺に $-i$ が入る。

$$\begin{aligned}\frac{3ta}{2}q\,u_A&=-i\frac{3ta}{2}q\,u_B,\\u_B&=i\,u_A.\end{aligned}$$

$i=e^{i\pi/2}$ であるため、位相は $\pi/2$(1/4周期)進む。つまり今度は、Bの係数がAより四分の一周期だけ位相の進んだ組み合わせになる。同じエネルギーであっても、変位の向きによってA・Bの位相関係には異なる特徴が残るのである。

ほかの向きもまとめて表そう。$\Gamma$ 点から注目するK点へ向かい、そのまま外側へ進む向きを基準軸($\theta=0$)とする。波数平面内で、この基準から変位ベクトル $\mathbf q$ まで反時計回りに測る角度を $\theta$ と置こう。

円周上は $|\mathbf q|$ が等しく、同じバンドならエネルギーも等しい。上側バンドでは基準方向($\theta=0$)で $u_B=u_A$、$\theta=\pi/2$ で $u_B=i u_A$ となる。

極座標表示 $q_x=|\mathbf q|\cos\theta,\ q_y=|\mathbf q|\sin\theta$ を用いると、

$$\begin{aligned}q_x&=|\mathbf q|\cos\theta,\qquad q_y=|\mathbf q|\sin\theta,\\ q_x-iq_y&=|\mathbf q|(\cos\theta-i\sin\theta)=|\mathbf q|e^{-i\theta}.\end{aligned}$$

と書ける。これを式(8)に代入し、$u_B$ を左辺に取り出そう。接点から離れた $|\mathbf q|>0$ の点なら、分子に含まれる $|\mathbf q|$ と分母の $|\mathbf q|$ が約分されて消える。

$$\begin{aligned}u_B&=\frac{E}{(3ta/2)|\mathbf q|}\,e^{i\theta}u_A\\&=\frac{\pm(3ta/2)|\mathbf q|}{(3ta/2)|\mathbf q|}\,e^{i\theta}u_A\\&=\pm e^{i\theta}u_A.\end{aligned}\tag{9}$$

上側のバンド($+$)を選ぶと $u_B = e^{i\theta}u_A$ となり、Bの係数はAに $e^{i\theta}$ を掛けたものになる。絶対値を手つかずのまま、位相だけを $\theta$ 進める操作である。下側のバンド($-$)ではさらに $-1=e^{i\pi}$ が掛かり、位相差が半周期($\pi$)増える。

この一次近似においては、A・Bの係数の比(位相関係)は、K点からのずれ $\mathbf q$ の向き $\theta$ のみで決まる。その向きを固定して距離 $|\mathbf q|$ を変えた場合、エネルギーは変化するが、A・B間の位相関係は変化しない。

$\Gamma$ 点から注目するK点へ向かう方向を基準にとれば、式(9)の関係は六角形の3つのK点に共通する。なお、K′点でも $\Gamma \to \text{K}'$ を基準にとると、式(8)に対応する関係から $u_B=\pm e^{-i\theta}u_A$ となる。基準軸から $\mathbf q$ を反時計回りに回したとき、Bの位相はK点では進み、K′点では遅れるという反転関係が成り立つ。

05

電子波束の運動と定速度性

電子が進む様子を、電子を見つけやすい場所(確率密度の山)の移動として追ってみよう。波数がわずかに異なる状態を重ね合わせると、干渉によって強め合う場所と弱め合う場所ができる。まず二つの状態を重ね、その確率密度の山がどのように動くかを計算しよう。

上側のバンドにおいて、$\Gamma \to \text{K}$ を外側へ延長する向きに、互いに近い二つの波数を選び出す。この基準方向に沿う成分を $K_x+q_1, K_x+q_2$($q_1,q_2>0$)、直角方向の成分をともに0とする。時間を $\tau$(ホッピングパラメータ $t$ との混同を避けるための表記)と書くと、エネルギー $E_j$ の状態は時間とともに $e^{-iE_j\tau/\hbar}$ の位相を持つため、$\omega_j=E_j/\hbar$ と置けば、各波の位相は $(K_x+q_j)x-\omega_j\tau$ になる。

全体にかかる大きさ1の共通位相因子 $e^{iK_x x}$ を括り出し、K点からの変位によって変わる部分に着目しよう。二つの波を等しい振幅で重ね合わせると、合成波 $F(x,\tau)$ は次の和になる。

$$F(x,\tau)=e^{i\phi_1}+e^{i\phi_2},\qquad \phi_j=q_jx-\omega_j\tau\tag{10}$$

原子スケールの細かな起伏を平均化した確率密度は、$|F|^2$ に比例する。複素共役を乗じて計算すると、

$$\begin{aligned}|F|^2 &=(e^{i\phi_1}+e^{i\phi_2})(e^{-i\phi_1}+e^{-i\phi_2})\\ &=2+e^{i(\phi_2-\phi_1)}+e^{-i(\phi_2-\phi_1)}\\ &=2+2\cos\!\big[(q_2-q_1)x-(\omega_2-\omega_1)\tau\big]\\ &=2+2\cos(\delta q\,x-\delta\omega\,\tau),\\ \delta q&=q_2-q_1,\qquad \delta\omega=\omega_2-\omega_1. \end{aligned}\tag{11}$$

が得られる。確率密度の山は、$\cos$ の中身が $2\pi n$($n$ は整数)になる場所である。同じ山を追いかけるには、整数 $n$ を固定すればよい。

$$\delta q\,x_n-\delta\omega\,\tau=2\pi n \quad\Longrightarrow\quad x_n(\tau)=\frac{\delta\omega}{\delta q}\tau+\frac{2\pi n}{\delta q}$$

時間に掛かる係数 $\delta\omega/\delta q$ が山の移動速度を表す。二つの波数を極限まで近づけると、この比は分散曲線の微分係数(傾き)に近づく。

$$v_g=\lim_{\delta q\to0}\frac{\delta\omega}{\delta q} =\frac{d\omega}{dq}=\frac{1}{\hbar}\frac{dE}{dq}\tag{12}$$

これが群速度である。二つの波の重ね合わせでは山が周期的に並ぶが、多くの近い波数を重ね合わせれば、一つの場所にまとまった波束を形成できる。その波束全体の移動速度も、この傾きによって決定される。

円錐の上側バンドへ戻ろう。いま選んだ $+q_x$ 方向では、エネルギー分散は式(7)より $E=(3ta/2)q$ である。その傾き $3ta/2$ を $\hbar$ で割ると波束の速さになる。この速さを フェルミ速度 $v_F$ と定義しよう。

$$\begin{aligned}v_F&=\frac{1}{\hbar}\frac{dE}{dq}=\frac{3ta}{2\hbar},\\E_\pm&=\pm\hbar v_F|\mathbf q|.\end{aligned}\tag{13}$$

直線の傾きはK点からの距離 $q$ によらず一定であり、エネルギーが違っても速さは常に変わらない。フェルミ速度とは本来フェルミエネルギーにおける群速度を指すが、中性のグラフェンではフェルミエネルギーが接点(ディラック点)に位置するため、接点へ近づくときの一定の速さ $v_F$ をそう呼んでいる。

例えば $t=2.7\,\mathrm{eV}$、$a=0.142\,\mathrm{nm}$ を式(13)に代入すると、

$$v_F=\frac{3(2.7\,\mathrm{eV})(0.142\times10^{-9}\,\mathrm m)}{2(6.582\times10^{-16}\,\mathrm{eV\,s})} \simeq8.7\times10^5\,\mathrm{m/s}$$

となり、光速の約1/300という非常に高速な値が得られる。

波数 $\mathbf k$ の状態は、$\hbar\mathbf k$ の結晶運動量を持つ。K点からの変位 $\mathbf q$ に対応する結晶運動量のずれは $\mathbf p=\hbar\mathbf q$ となる。質量 $m$ の自由粒子のように $E=p^2/(2m)$ という放物線型の分散をもつ場合、群速度は $v_g = dE/dp=p/m$ となり、エネルギーが大きいほど速くなる。これに対し、上側の円錐では $E_+=v_Fp$ であるため、高さを変えても傾きは変わらず、速さは $v_F$ のまま一定に保たれる。

各組の重ね方
分散の形
0 ℏ/t
①・②の中心波数 $\bar q$ を選び、同一位置から同時間動かして比較。破線は包絡線 $\pm|F|$、下段は確率密度。中心波数が違うとき、円錐では山がそろって進み、放物線では離れていく。表示モード切り替えで干渉による波の周期構造を確認可能。

円錐の分散式(13)を2次元の波数で偏微分すると、次の速度ベクトルが得られる($\hat{\mathbf q}=\mathbf q/|\mathbf q|$ は $\mathbf q$ の向きを表す単位ベクトルである)。

$$\begin{aligned}(v_x,v_y) &=\frac1\hbar\left(\frac{\partial E_\pm}{\partial q_x},\frac{\partial E_\pm}{\partial q_y}\right)\\ &=\pm v_F\left(\frac{q_x}{|\mathbf q|},\frac{q_y}{|\mathbf q|}\right) =\pm v_F\hat{\mathbf q}\qquad(|\mathbf q|>0). \end{aligned}\tag{14}$$

上側バンドでは $\mathbf q$ の向き、下側バンドでは逆向きに動くが、速さはどちらも等しく $v_F$ になる。またK点の周りでは、式(9)で求めたサブ格子間の位相差も上側では $\theta$、下側では $\theta+\pi$ であった。$\Gamma \to \text{K}$ を基準に測ると、波動関数の位相差は速度ベクトルの向きの角度と完全に見合っている。

エネルギーが増えても速さが変わらないという特性は、真空中の光(光子)と共通する性質である。光子のエネルギーと運動量の関係は $E=cp$ であるが、いま求めた式(13)も光速 $c$ を $v_F$ に置き換えた全く同じ形をしている。すなわち、K点の近くにおいて、電子は結晶中で「質量のない粒子(無質量ディラック粒子)」のように振る舞うのである。

円錐の形状を見れば、高さから電子のエネルギーを、斜面の傾きから移動速度を直感的に読み取ることができる。3つの隣接炭素原子との結合から導かれた幾何学的な形に、電子のミクロな運動のあり方がみごとに現れているのである。

さらに、円錐上の二つの状態の差を見れば、電子がその間を遷移する際にどれだけのエネルギーを受け取るか、あるいは渡すかも定量的・視覚的に理解できる。グラフェンのラマン散乱やフォノン放出で起こる、光や格子振動とのエネルギーのやり取りを紐解く上でも、このディラックコーンが根本的な役割を果たしている。

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